本当のユニバーサルデザイン

見たウェブページなんてのは専らdel.icio.usに投げて一言書いておしまい、というパターンが多いのですが、多目的トイレ(誰でも使えるトイレ)とはは多くの人に読んで欲しく、思わずここに書いてしまった。

特別扱いすることが必要な場面もある。全て同じであると言うことは確かに嬉しい、喜ばしいことかも知れない。しかしそれには使い勝手が犠牲にされていないという前提がある。不便を被るのでは元も子もない。

多目的トイレなんてのは正にその典型例で、多目的トイレが存在している段階で差別意識が存在する。意味がない。先のリンク先にもある通り、ユニバーサルデザインなトイレは男子用と女子用の2つに分けられており、そこには誰でも満足できるだけの設備が完備されているはずだ。全ての通路は車いすでも悠々と利用することが出来、全ての個室にはオストメイト対応の設備があることだろう。洗面台の半分くらいは子供でも車いすでも使えるような高さの筈だ。……想像できますか、これ。私には双方が不満を露わにする状況しか浮かばない。

ユニバーサルデザイン関連の人にも随分適当な方が居るのだなぁとがっかりしている所なのですが、そういう人が早い内に淘汰されることを強く望みます。

TERAZZIの被害者意識が強い障害者自身が、障害者を排除させるやその関連記事も併せて読むと良いかもしれない。

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公開日時
2006年9月29日 午後11時59分59秒
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