最近5日に投稿された全エントリー。
ざざっと備忘録。イベント参加系だけで市販気分くらいためていたようで、自分自身驚き。
溜めすぎ注意。
先日第一回が行われたようですが、ごめんなさい、行きませんでした。プレ開催では比較的ブラウザ実装やバグの話が多く、自分の関心とは違うという印象を受けたのですが、第一回のプログラムを見るに、利用者・開発者に焦点を当てたのかもしれません。今後の運営や方向に期待しています。
データについても、処理についても、リソースがネットワークの先に移りゆく昨今、ようやく陽の目を浴びるんじゃないかなとかすかな期待を抱いているセマンティックウェブのイベント。学術色の強いイベント、否、面々でございました。分野によってはLinked Dataが既に使われている例もあるそうで、より期待が高まったのでした。
ブログを拝見する限り、お元気そうで何よりです。帰国される頃にはきっと角界も正常化しているに違いないと信じる今日この頃。
次にお会いするときは体調を万全にしたいと思ったのは言うまでも無し(謎無)。
Operaの創始者とCSSの提唱者の来日講演ながら、遅刻。
ホーコンの話で一番印象に残っているのは、印刷技術が長く続いているように、Webも500年続くという話。同様の例としては工業技術がある。産業革命から300年が経つ今も、進歩は止まっていない。仮に500年後、Webが続いているとしたら、そのWebというものはきっと、今定義されるWebよりもずっと広義のWebなのだろうと思う。きっと活字へあまりに依存した今のWebや、あるいは情報表現手法には、何らかの革新があると思う。
テッちゃんの話で一番気になったのはWebの進化の話。Web 2.0がクラウドで、Web 3.0が多様な端末同士のP2Pという未来。端末の多様化が更に進むという未来像には同意するし、それらが相互に通信する世界が訪れることにも同意。でも、P2Pではないと思う。端末が多様化するということは、すなわち低性能の端末や使い物にならない回線の端末も現れる、あるいは残り続けるということ。ネットワークを介するとき、本当に端末間を直接つなぐことは皆無で、実際には何らかのネットワーク機器を介して通信することになる。ならば、高性能化しやすいネットワーク機器ないしサーバで性能の不足を補う必要が生じるだろうと思っている。P2Pでしか出来ないことって、僕は思い当たらない。本当の意味でのP2Pが実現できるネットワークは今のところ見えていないし、それはWeb 20.0位になるのではなかろうか。Opera UniteのモデルはP2Pと言いつつも、名前解決などのためにサーバの力を借りている。もしかすると、その辺で吸収することを視野に入れているのかもしれない。とか、そんなことを考えていた。
その後菊池さんの忙しいプレゼンテーションを拝聴し、TERRAZIと組長と3人で食事に行った。話のネタはTERRAZIののろけ話
ピザを知らずに寿司を企画するセンスには脱帽せざるを得ないわけですが、楽しめました。手巻き寿司マシーンとか、初めて見たしね。寿司を食べた後はMozilla 勉強会@東京 3rdの飲み会へ合流、Mozillaで予約したはずの飲み会なのに、3割強をOperaな人が占めるという素敵な状態を作り出しました。折角出会えるのなら、出会っておいた方がお得なのです。One Web, One Community.
さて、Operaのイベント中に、タブバーの話を聞いていたところ、無性に話したくなったので数分だけお話ししました。そういえばその話を全くWebに晒していなかったので書き連ねておこうかと思います。こんなエントリーのど真ん中に書いて何人が読むのか、はなはだ疑問ですが、まぁ自分の頭に残っているので問題はないのです。
話した内容は、表題の通り。昔は、Webブラウザでページを開き、情報を得ていた。でも、最近はWebブラウザでもアプリケーションを立ち上げるようになった。ユーザにとってはWebアプリケーションであるか、クライアントサイドアプリケーションであるかなんて、全く持ってどうでも良いことなのだから、意識させてはいけない。とか、そんな話。
ネットワーク事情を鑑みると、今しばらくクライアントサイドアプリケーションは残り続けるだろうと予想される。最終的には全てがWebアプリケーションになるかもしれないが、そこに至るまでには、過渡期が存在する。その過渡期は決して短くないと思われる。その、長い過渡期を乗り越えるためには、ブラウザ側かOS側かで、タスク切り替えを一元化する必要がある。昨今の流れとしてOS制作者とWebブラウザ制作者が一体になりつつある。であれば、より下のレイヤに位置するOS側でタスク切り替えを一元化する方が筋が良い。従って、Operaを含む各種Webブラウザは、OS側のタスク切り替えとの親和性を極限までに追求すべきだ、と思っているのです。たぶんそこまで突っ込んで話しては居ないんだけど、要するにそういうことです。
蛇足になるけれど、GoogleのChrome OSなんかは、過渡期をすっ飛ばそうとしている例。大多数はネットワークに接続されていない状態で使われなくなる、というのもまた事実だと思うので、そういうアプローチもアリなんだろうなと思う。ましてやGoogleはサーバ側に情報を集めたい会社だし。
Team Lab.の猪子さんが全てを持ってった感がありました。テンション上がるアクセシビリティデザインをかんがえよう
と思わされる程度にはテンションの重要性を感じさせられました。とかいう、重要だけど意味のない話はおいておくことにいたしましょう。
学術系の方と企業人の方がほぼ同数ということを大変意外に思うと同時に、それだけ悩み多き分野なのかと感じさせられた。インタラクションデザインの示す像は、どうやら今のところ人それぞれのようだった。便利さという共通の指針と捉えるのも一説、テンションの上がるデザインという主観的要素が強いものと捉えるのも一説。インタラクションデザインという語から連想する事柄の共通要素を見いだしたとき、新たな発見がありそうなのだけれど、今のところ僕には見いだせていない。いわんや、テンションの上がるアクセシビリティデザインも。
ちなみに当日はこんなことを考えていました。
楽しさは、誰しもが持っている感覚。そして閾値は様々。色々な表現があり得る。テンションの上がるアクセシビリティって、年齢や障害の有無に関係無く得られるものだと思う。究極のユニバーサルデザインかもしれない
楽しめることは、僕はインタラクティブデザインにおける、一つの価値だと思う。楽しみの提供は、誰に対してもできるものであって、それは結果的にユニバーサルデザインの要件を満たすと思う。そしてそれは、十分にアクセシブル足り得る。なんか、そんなことを考えてた。
そのほか、この日は割とまじめにぼやいてます。
前日に中学時代の面々で飲み会がありまして、徹夜明けのまま新幹線に乗車、一路大阪へ向かいました。大阪のスターバックスでおばちゃんが試飲しているのを見て度肝を抜かれるなどしながら、ちょっぴりお仕事しつつ昼ご飯へ。TERRAZI夫婦、斉藤さん、渡辺さんと共にうどん屋さんへ。今井本店。おいしかったです。
昼の部は、はてブとtogetterのタッグは凶悪という話に始まり、BLとはなんぞやみたいな話を経由し、こんなところには書けないアレでソレな話で盛り上がった気がします。オンステージ。
夜の部は料理をきちんと解説してくれるレベルの洒落たお店でお食事。その後マクドナルドで二次会。すごいね。マクドナルドですよ、マクドナルド。久しぶりに入りましたよ。
マクドナルドでのひとときを楽しんだ後、ホテルで一泊。足を伸ばせる風呂があって助かりました。
そんなこんなで、いざ京都。Twitterでおすすめを募ったところ数多くの場所をご紹介いただきました。ありがとう、ありがとう。今回は、京都から遠く、時間のあるときにしか行けなさそうな大原へ行ってきました。nobuさんのおすすめ。
有名どころは三千院。苔むす美しい日本庭園が楽しめます。ここも美しい。でも、その上にある、宝泉院の雰囲気がたまらんかった。正直、何があるでもないお寺なのですが、不思議と落ち着く。三千院を訪ねた際には、是非もうひとがんばりして宝泉院もどうぞ。田舎駅によくある来訪者のノートが設置されていまして、僕も一筆書いてきました。斜め読みした感じだと、どうやら新婚旅行の方が結構な割合を占めているようです。
3.5時間にわたる濃いネタの連打でございました。全体を通して、スマートフォン系の人はWebKitの多様性に頭を抱えていること、未だGecko人気は健在であること、の2点を強く感じた次第。WebKitはほんとどうにかしたい。
そんなわけで、おおむねこんな内容を喋らせていただきました。30分そこらで作ったヤマ無しオチ無しの発表資料はしれっと葬るつもりだったのですが、まぁ折角なので公開しておきます。
OSで何をやろうとしているか、どういう未来を実現しようとしているかを考えると、Webブラウザに搭載される次の非標準を想像できるかもしれないよ、とか、そんな話をしたかったのですが……如何せんみなさんすごすぎて、口頭での補足すら忘却していたような気がします。
大阪がBLだったのに対抗してか、東京はヘッドフォンだった模様。おいしい地元のお店で料理を堪能させていただきました。
各国の言語や方言の発音の話をしたのが強烈に印象に残っています。とてもgdgdした感じで素敵でした。
昨年末に少しだけ引っ越しのことを書いた。無駄に広かった家にも徐々にものが増えてきた。自重しないと、びっくりするくらいものを買う羽目になるだろう。模様替えをするために家の中のものを全部ひっくり返しても、たぶん寝場所は困らないと思う。ものがないだけなのかもしれないが。
新居を探すとき、何を基準にして良いのか、僕には分からなかった。そんなわけで、一つ僕の結論じみたおうちの選び方を書いておこうと思う。ものの情報を見れば、そりゃぁたいそうな家が勧められる。プロパンより都市ガスが良いだの、畳は修繕の時面倒だから避けろだの、日照と騒音に気をつけろだの、近くに店がある方が便利で良いだの、近くに店があるとうるさいから避けろだの、もう、そりゃそうだろとしか言いようのない理想郷を提示してくる。そんなん、しったこっちゃぁないわけで。
さっぱり見当も付かなかったので、僕は次の4つの条件を提示することにした。
ちなみにこれだけの条件を提示すると、不勉強を疑われるらしく、結構いろいろ確認されます。たとえば駅から遠くても良いかとか、プロパンガスでも良いかとか、ぽんぽんがまの古くさい風呂でも良いかとか、和式便所でも良いか、とか。もちろん全部承諾。ネタがあったら飛びつく気だったし、実際飛びついたし。ネタで借りる家を選べるのって、せいぜいあと数年でしょうしね。
こういう割り切った条件を提示した方が、おもしろい物件を見せてくれそうだ、なんて思っていた部分もあったり、なかったり。実際、見れました。元々シャワールームだったとおぼしき空間に浴槽を作った妙な部屋とか、設計ミスにしか思えないロフト部屋とか、南向きのはめ込み窓搭載の天然サウナ部屋とか。世の中の家主は、結構鬼だと思う。
僕の出した条件は至極シンプルな理由に基づいている。通勤に使う自転車を家の中に置きたかったので、2階は面倒だった。広くないと自転車を置く空間がなかった。2部屋あれば良いとした理由もはっきりしている。常時起動するマシンの横で寝たくない。それだけ。
ちなみに安いという条件をつける場合、風呂トイレ位は欲しいと明示しないと、共同炊事場と公衆浴場の物件が出てきて面倒、というのは何というか勉強になった。
で、家を借り、半年強が経過。さすがに何となく分かってきましたよ。頭をよぎった順に列挙。
妙なチョイスをすると誰にも役立たない基準だけが知識として残る。そんな一例。
部屋の話を書いたので、次はものの話。これは、いつになることやら。
なぜPowerPointは情報の蓄積を想定してデザインされていないのだろうか。最近は専らPowerPointと戯れる時を過ごしているのだが、使えば使うほどにそう思う。
PowerPointは発表資料をスライド単位で作ることに最適化されている。が、その完成したスライドは発表単位で管理される。他の発表資料を作成する際にスライドを共有する巧い手段は用意されていない。この齟齬がどうにも使いにくい要因に感じられる。
似ているけれど違う発表、微妙な修正が入った二回目の発表、過去数回の発表をまとめた短い発表。プレゼンの機会が多いPowerPointのヘビーユーザであればあるほどスライドを使い回す機会も増えると思う。が、スライドを使い回す方法はただ一つ、コピーしてくるしか無い。
スライドのコピーは、その発表間の結びつきという情報を失わせる。最も身近に生じる問題は修正が困難になることだろう。一方の発表で用いた資料にのみ修正を加えた場合、他方にその修正は反映されない。それはそれで正しいのかもしれないが、修正があったことすら知ることが出来ないのは不便である。
図形やテキストボックスの扱いを見るに、PowerPointは発表全体と言うよりはスライドを作成することを主眼に置いてデザインされているように感じる。そして位置づけからしてもそれは妥当に感じる。ただ、だからこそ不便さを強く感じる。
たとえば音楽ファイルとプレイリストの概念をそのまま持ち込んでみる。スライドファイルと発表で用いる流れリストファイル。同じスライドを何度も提示するようなケースでも無駄がなくなる。
おのおののスライドファイルにバージョン管理情報を付与してみる。流れリストファイルにはその時使うスライドファイルとそれぞれのバージョン情報を持たせる。それだけでスライドの更新や修正の情報を拾うことができる。
スライド単位で管理されていれば複数の発表で用いたスライドを混ぜて使うのも簡単。ただ流れリストファイルだけ作り替えてあげればいい。それだけで取捨選択できる。
スライドファイルが巧くメタに情報を保持していればスライドをマージしたときにも十分統一感を持った発表資料として完成させることができる。
だけれども、現実にはそうなっていない。せめて発表資料を作るときにスライドをシンボリックリンクのように呼び出せるようにならないだろうか。Microsoft Officeもそう遠くないうちにWebアプリケーションになる。現状のLive連携でそうなっていない以上あまり期待はできないのかもしれないけれど、いつの日かスライド単位で管理させて欲しい。それより早くスライドを用いた発表という形態が滅びているかもしれないが。
気づくことは人の感じることが出来る楽しみの中ではかなり大きなものだと思う。少なくとも僕にとってかなり大きい。最大かもしれない。今の小学生はおもちゃで遊ぶとともに、たくさんの情報を得て楽しむらしい。好奇心を刺激されるのか、はたまた情報収集そのものに楽しみを得るのかは分からないが、その感覚には大いに同意できる。うらやましくもある。ウェブが既にあることは情報の偏りを生むかもしれない。けれど、それ以上の楽しみがあるに違いない。
僕がやりたかったこと、やろうとしていること。それは気づきを与える機会の拡大、情報を得る機会の拡大と云うことだったようだ。ようやく気づくことができた。簡単なことのはずなのに、むしろ気づけていなかったのが不思議だ。ちょっと遅かったのかもしれないけれど。
HTMLってすごい、そう感じたのも機会を拡大するからだ。文字列に意味づけすることでどうとでも変換できるところに感心していた。今の動向がかつてほど興味を惹かないのもそのあたりに理由があるのかもしれない。
さて、どうしたものか。今の環境は悪くない。僕に欠けている論理性やそのほか諸々を補完するには適当としか言いようのない環境だろうと思う。けれど、やりたいことがストレートに出来る環境ではない。巧く時間を使いこなせる人ならそれこそ机の下でいろいろ出来るのかもしれないけれど、不器用な僕がそれを身につけることが出来るだろうか。うまく自分の中で関連づけることが出来るだろうか。そろそろ一年目が終わる。二年目で道の入り口くらいは見つけたい。
未だにwillcom 03を現役で使っている。キーボードの打ちやすさと、とりあえずATOKが動くが故にあまり困らないかな漢字変換の能力。この2つがあるが故に、2年間使い続けてしまったのだと思う。買った当初は1年後に買い換えてワンセグ機としての余生を送らせるつもりだったのだが、何が起こるかわからないものだ。
さて、そんなこんなでXperia X10やNexas Oneをそれぞれちょっとだけ弄ってきたのでそのあたりのお話を書き留めておこうと思う。相も変わらずきれいにまとめるつもりはない。
Xperia X10とNexas One。ご存じの通り性能は大して変わらない。両方ともSnapdragonを搭載し、大体似たようなサイズの液晶を搭載している。実際使ってみたが、速度差は感じられない。Android OS固有のメニュー等が若干Nexas Oneの方がさくさく動くように感じられる程度だ。これはおそらくAndroidのバージョンが異なるためだろう。仮にXperia X10にアップデートが提供されるのであれば、同様の操作感になるものと思われる。
Nexas Oneを選ぶ要素としてトラックボールも考えられるのかもしれないが、タッチできれば困らない。となると、Nexas Oneを選択する理由はない。
Xperia X10の特徴はTimescapeやMediascopeといった独自のアプリケーションにある。が、そのインテントは一般開発者に公開されない。決まり切った情報が時系列に並ぶ程度であれば気合いでどうにでもなってしまう。確かに美しいできばえだったけれど、どうにも決め手に欠ける。サクサクと動くのであれば迷うことなく決めるのだが、時代はiPhoneらしく、エフェクトでごまかしている感はぬぐえない。僕にとっては耐えられる限界値に近い。まぁ今の端末よりは遙かにましなんだけど。
これらの端末はどちらもソフトウェアキーボード。Xperia X10にはちょっとだけインテリジェントなソフトウェアキーボードが付いているのだが、さして変わらないというのが僕の感想。標準のそれよりはずっと良いのだが、それだけ。フリック入力もアプリケーションを入れればそれ相応に動くけれど、それだけ。ソフトウェアキーボードの入力感には敵わない。この慣れを消し去ることが出来るのか。これはそう遠くないうちに試すことになってしまうのだろうと思う。
じゃあキーボード搭載のT-01Bとやらを待とうか、とも思ったが……今からWindows Mobile 6.5端末は買いたくない。Windows Mobileは8に期待してますのでMicrosoftさん、Internet Explorerが終わったら猛スピードで完成させてくれるとうれしいです。Androidは選択肢として十分だし、インテントによるアプリケーション間接続のアプローチはおもしろいのだけれども、いつコアがどうなるか分からないWebKit的な怖さがあってどうにも好きになれないという事情もあったり無かったり。
一応手元の端末の後継機という選択肢もちょっとは考えましたとも。触って、角張ったでかさにびっくりして、そのまま元の場所に戻しましたとも。いくら何でもあれは迷走しすぎ。
だったらiPhoneという王道たり得る選択肢もあるにはある。次世代機を待てばマルチタスクになる、かもしれない。が、どうにもAppleの縛り方は好きになれない。完全に思考停止に陥っているのは自分でも分かっているのだけれど、まだ譲れないような気がしている。たぶんこの判断は間違っている。みんなiPhone買えばいいと思う。
今の環境にある程度満足しているのがそもそもの悩み。流行に乗ったアプリケーションを使うには回線と端末性能面でつらいと云うことを除いて困らない。画面解像度が高すぎて本を読みづらい問題はKindle DXを買うことで解決してしまったし。
新しい物好きなのにこの環境をずっと続けるのは正直つらい。でも、選択肢がない。F-04Bのような作り込みが為されたスマートフォンが欲しい。現状のWindows Mobileにそれを要求するのは酷かもしれないけれど、Androidであれば出来るはずだ。ソースコードを公開しつつもそこまでの作り込みが出来ないソースになっている可能性は……考えないで居たい。選択肢を与えねばならないスマートフォンを何らかのポリシーを持って開発するのは難しいような気はする。その点でXperia X10は一つの答えを見いだしつつあるのかもしれない。
フルキーボード搭載機の選択肢無き今、僕は操作の最適化を望まない。その代わり、使い込めば何か楽しさを提案してくれる端末が欲しい。そして楽しさ実現に際して障壁のない環境が欲しい。きっと僕はXperia X10を買う。ソフトウェア等で実現される表面的な楽しさだけでなく、細かな作り込みからくる楽しさを提供してくれることに期待したい。
.